『経営の観点でITの活用を考えるCIOという仕組みは、
日本でも絶対必要だと思っていました』
中堅・中小企業こそCIOが必要
島田 精一さん
津田塾大学理事長
内向きの仕事の10%を外向きに
前 一樹
ジャパンマネジメントシステムズ株式会社
代表取締役社長
(以後 前)
島田さんが日本で最初のCIO(Chief Information Officer)と聞きました。
(以後 島田)
2000年に副社長になったときに同時にCIOになりました。
どのようないきさつだったのでしょうか?
1987年、47歳の時にハーバードのビジネススクールで勉強することになりました。そこでウォーレン・マクファーレン教授というITの大家の先生がいて、「ITを制する者が、経営を制する」という話を聞きました。当時、日本でそういう考えをいう人はいなかったし、私自身もITのことは詳しくなかったのですが、その言葉に強い刺激を受け、ずいぶん勉強しました。アメリカではCIOという役職をおいて、経営の観点と技術の両方を分かる人がITをどのように経営に活かすかということに責任を持つということをやっているという話を知ったのもそのころです。
ハーバードから戻ってから、「アメリカにおけるM&AとLBO」と「アメリカにおける経営と情報システム」というレポートをまとめましたが、そこにも、日本でもCIOという役職をおいて経営の重要課題として、ITの活用を図るべきだということを書きました。
90年代に情報産業本部長を務めていたころのアメリカの有名な事例は、ウォルマートとKマートですよね。当時ウォルマートとKマートはアメリカのスーパーマーケットの二大チェーンストアだった。ウォルマートはCIOだった人をCEOに抜擢して、ICTを駆使してサプライチェーンマネジメントに力を入れた。店舗でモノが売れるとその情報がタイムリーにメーカーで把握できるようにしたので、商品の補充をタイムリーにできるようになり、店舗で不要な在庫を持たなくてもよくなった。Kマートの方はICTの活用にそこまで熱心でなかったので、その後の展開で、うんと差が開いてしまった。経営の観点でITの活用を考えるCIOという仕組みは日本でも絶対必要だと思っていましたので、副社長に就任するときに三井物産でもCIOというポジションを設けて私が就任しました。
『中堅・中小企業もBPRをして生産性を向上していかなければいけないけれども、それを自社の人材だけで実行するのは実際には難しい』
島田 精一さん
津田塾大学理事長
CIOの普及にも尽力されたと聞きました。
そうですね。当時私が副社長兼CIOになった頃はちょうどITバブルが始まったころで、ITベンチャーなどへの投資も活発に行われた時ですが、CIOというのはまだそんなに一般的ではなかったので、経団連や日本経済新聞などとCIOの勉強会を作って、その重要性が認知されるように活動しました。
最近では、大企業ではCIOを置くのは一般的になってきたように思います。
メガバンクなどの金融機関はシステムが業務の核心みたいなものだから、最近はCIOを務めた人がCEO、社長になるという例も結構増えてきましたね。ICT技術のことが分かってないと経営はできないという認識は日本でも少しずつ浸透してきたように思います。そうでないと、日本経済の最重要テーマである「生産性の向上」も実現できないでしょう。
日本は先進国の中で生産性が低いと言われており、特に中堅・中小企業の生産性が低いと言われています。私は、中堅・中小企業の方がむしろCIOのような存在が必要と思っています。
その通りです。日本の中堅・中小企業はまだまだICT化が進んでいないように思います。最近はDXなんていうこともよく言われていますが、私は日本ユニシス(現BPROGY)の社長としていろんな会社のシステム導入を経験してきましたけれども、単にシステムを入れれば良いというものではなくて、非効率な業務をそのままにしてそれに合わせてシステムをカスタマイズして導入しても、結果的に全く効率化されない。単に多額のお金をかけただけで却って非効率になることもある。まずBPR(Business Process Re-engineering)をして、徹底的な業務プロセスの見直し、業務の簡素化や、なくしてしまえる業務はないかをきちんと整理した上で、あるべき姿の業務に合わせて最適なシステムを導入するということを、社内外のコンサルティングできる人材を集めて、お客様に提案するようにしていました。アメリカでは経営視点も理解できる優秀なICT技術者が事業会社にも結構いますが、日本ではそういう人材は大手のコンサルティング会社やSIerに偏っていて、実際には本当に優秀な人はその中でも一部ですよね。日本の事業会社は大企業でも経営と技術の両方の知識を持ってリードできる人はそんなにはいないので、大手のコンサル会社やSIerに頼ることになる。中堅・中小企業もBPRをして生産性を向上していかなければいけないけれども、それを自社の人材だけで実行するのは実際には難しいのでしょうね。
大手企業の場合は大手コンサルやSIerに依頼することができますが、中堅・中小企業の場合はその費用を負担することも難しい現実があると思います。
大手のコンサルやSIerに依頼すると一声数千万円から、億単位の費用がかかることも珍しくありませんから、中堅・中小企業にとっては簡単な費用ではないですね。大手コンサルやSIerの方も大きい仕事を優先的に取ろうとしますから、中堅・中小企業はターゲットに入っていないことが多い。そういう意味では、前さんがされている「CIOサービス」のような中堅・中小企業をターゲットにしてIT化を外部から支援するようなサービスは意味があると思います。先ほど言ったように、経営者の片腕になるような本当に優秀な人は、大企業が囲っていて、人材紹介などの市場には出てこないですから、中堅・中小企業の経営者がCIOを任せられるような人を採用しようと思っても、無理ですよね。もし運よくそういう人がいたとしても、そういう人は引く手数多だから、年収で例えば少なくとも2,000万円以上は用意しないといけない。もっとかもしれませんね。そういう意味でも優秀なICT技術者の採用というのはハードルが高い。常時社内にいなくても、前さんのような人が必要なときにいつでも相談に乗ってくれる。それが一般の人件費と同じぐらいで実現できるとすれば、中堅・中小企業の経営者にとってとてもありがたいと思います。
ありがとうございます。お付き合いの始まった企業様とはどこも長いお付き合いになっています。
『前さんとはこれで10年近く、ほぼ毎月、ディスカッションしてきましたが、前さんぐらいのレベルで経営的なことと技術の両方の知識がある人は、今まで結構いろんな人と会ってきましたけれども、稀有な人ですよね。』
島田 精一さん
津田塾大学理事長
前さんとはこれで10年近く、ほぼ毎月、ディスカッションしてきましたが、元々技術者だから技術のことは詳しいのは当たり前かもしれないけれど、前さんぐらいのレベルで経営的なことと技術の両方の知識がある人は、今まで結構いろんな人と会ってきましたけれども、稀有な人ですよね。技術力の高い人はあまり経営に興味を持たない人が多い。管理系の部門から役員になったような人は、技術についてはある程度は理解しても詳しいことまではなかなか分からない。前さんは、トップレベルのコンサルの中に入っても何本かの指に入る優秀な人材だと思います。
ありがとうございます。
前さんは経営に関することはどこで勉強したのですか?
私が北陸先端科学技術大学院大学で助手をしていたころ、一橋大学の野中郁次郎先生を研究科長として知識科学研究科がスタートしたのですが、そのタイミングで私も材料科学研究科から知識科学研究科の所属になりました。当時は物質、材料のシミュレーションの研究を専門にしていましたので、野中先生の「知識創造企業」を本棚に飾ったままにしていたのですが、その後ベンチャー企業に出たときに、経営の勉強もしてみようと思い、飾ってあった本を手に取りました。先生の本では「失敗の本質」も読みました。その辺りが最初です。
私も以前、野中先生の理論をずいぶん勉強しました。SECIモデルというやつですよね。暗黙知が共有されて、共有された暗黙知が形式知化され、それが統合され、その上でまた新たな暗黙知が生成される。その繰り返しでより高次の知識が創造されて、企業が成長していく。野中先生にも、三井物産時代から長いお付き合いで、経営に関することを色々教えて頂きました。
島田さんからは以前、実際の経営にあたっては「売上―コスト=利益」、売上を上げるか、コストを下げるかとシンプルに考えることが大切だということを教わりました。
いろんな経営理論というのは、ある切り口で分析してみると一つの成功要因が浮き彫りになったということですけれども、流行りの理論に固執すると、後で振り返ると結果的にあまりうまく行かなかったということはよくあります。企業というのは、事業を継続して提供すること自体が一つの社会貢献ですから、適正な利益を出して持続するというのはまず大切なことです。「売上―コスト=利益」だから利益を出すためにはまず無駄を見直してコストを下げる。それから売上を上げるにはどうすればよいか考える。ときどき儲けるのは良くないという人がいますが、もちろん不当な方法で稼ぐのはいけませんが、ちゃんとした事業で売上を上げて、合理的に利益を出すのは大事なことで企業の原点です。
企業の継続という意味ではまず利益が大事と思いますが、最近よく言われる付加価値の向上、生産性の向上という意味では単にコストカットするだけではなく、売上を伸ばしていく努力がより本質的には大事なように思います。
そういう意味では短期的に何をやるかということも大事だけれども、中長期的な視点で投資をして、既存の事業で利益が出ている間に、次の事業の種を蒔くことが大事です。あと人材育成・教育も重要です。投資や教育を怠って、目の前の利益だけを追いかけていると事業が先細ってしまう。投資というのはリスクだけれども「リスクなくして成長なし」ですから経営者はよく検討した上でリスクをとるということが大事ですね。
私は、住宅金融支援機構が民営化するときに、頼まれて初めての民間からの総裁、理事長になりましたが、それまでは100%国の予算で運営されていたわけですから全くコスト意識がなかった。それで「コストカット30」というのを掲げて30%コストカットするというのを打ち出したら、その時の部下はみんな「島田さん、そんなのは無理です」と言う。みんなの前で「うまく行かなかったら私が責任をとる」といったら、おそらく「責任をとる」と自分から言う上司は今までいなかっただろうから、みんなびっくりしていました。結局2年ほどで達成できました。それからフラット35という個人向け住宅ローン商品を始めました。これは今では18兆円ほどの残高になっています。コストカットにしても、新しいことを始めるにしても経営者が責任をとるという覚悟を持つことが大事です。そうでないと周りはついて来ない。「覚悟に勝る決断なし」です。
『企業の付加価値向上、生産性向上には、「社内向けの仕事の労力の10%を社外向けの仕事に振り向ける」と考えてみるのが良いと思っています。』
前 一樹
ジャパンマネジメントシステムズ株式会社
代表取締役社長
企業の付加価値向上、生産性向上には、ちょっと標語的な表現になりますが、「社内向けの仕事の労力の10%を社外向けの仕事に振り向ける」と考えてみるのが良いと思っています。例えば、「社内会議の時間の10%を社外の人との営業に充てる」「上司向けの資料はシンプルに作成し、社外向けのプレゼン資料は綺麗に仕上げる」などです。すべての企業で外向きの仕事が10%増えれば、10%の成長につながる可能性があります。
確かにそういう風に考えるのは分かり易くていいかもしれませんね。実際大企業では内向きの意識で仕事をしている人が多いですね。何万人と社員がいても、ポストは上に行けば行くほど限られているので、他社との競争より社内の競争の意識が強くなって、上司に向かって仕事をするという人は多いですね。私は常に会社にとって何がベストかという観点で仕事するように心がけていました。会社にとって今これをやるべきだということがあっても、それを提案するのは、個人にとっては「失敗するかもしれない」というリスクということもありますよね。客観的に検討して会社のためになると思うことは、特に上の立場になればなるほど、責任をとるという覚悟で、実行しました。内向きの仕事を外向きの仕事に置き換えるという考え方は素晴らしいと思います。その方向性で具体的に何ができるかを考えてみる。
もちろん外向きの仕事を10%増やしたからといって、売上がそのまま10%上がるというわけではないと思いますが、まず意識を変える、プロセスを変えるKPI的な掛け声としては良いのではないかと考えています。
「DXで生産性を上げる」という掛け声は良く耳にしますが、中堅・中小企業では単に手やEXCELでやっていた仕事をシステムに置き換えるというケースが多いように思います。
先ほども言いましたが、業務のやり方を変えずに単にシステムだけ入れても思ったほど効率化されませんから、改革の目的を明確にすることが必要です。
システム導入を検討されているある社長さんが、「社内の仕事は一旦仕事を作ると、次の担当者は前の担当者よりレポートを綺麗に作ろうと考えたりして、時間が経つと仕事がどんどん肥大化する。社内の仕事はなくてよければそれに越したことはない。」と話されていたことがありました。このように意識の高い方もいらっしゃいますが、将来に対する危機感を持ってそこまで思い切って踏み込むケースは稀と思います。
先ほど島田さんがお話になったように、効率化だけでも、業務プロセスの簡素化など経営的なリーダーシップがないとシステム導入しても結果的に効果が出ないということになりますが、企業の付加価値を上げる、生産性を上げるということになると、さらに売上の増加にどうつなげるのかというより戦略的な観点が必要と思います。
将にCIOの出番ですよね。とりあえず業務の一部をシステムに置き換えるというようなことではなく、今後何を強みにして生き残っていくのかという戦略をきちっと経営者間で議論して、共有して、それをCIOが具体的な形に落としていくということが必要です。その時、必要なのは部分最適と全体最適のバランスをとることです。もちろん社内に人材がいなければ、前さんのような外部の人材を活用してCIOの役割を担ってもらうということでもいいですよね。
ECなどは直接顧客と接点を持つためのシステムですので、人手を増やさずに売上を向上させる方法として分かりやすいですが、間接部門を効率化するようなシステムは今後社員数が増えても間接部門の人数は増やさなくてよいようにするということに貢献するものですので、開発やマーケティング、営業などの部門にマンパワーを振り向けることによって売上を向上させて初めて付加価値、生産性に寄与します。今よりどう外に働きかけるのかの見通しを持ってシステム導入を進めることが必要と思います。
『「成長戦略の伝道師」のようなつもりで、特に中堅・中小企業の力になるように前さんに頑張っていただくことを期待しています。』
島田 精一さん
津田塾大学理事長
いわゆる「三本の矢」の「成長戦略」というのは、政府ができることは補助金を出して奨励するということぐらいで、根本的には民間が自身で作っていくしかないですよね。日本の企業は約400万社ありますが、そのうち大企業は0.3%で99.7%は中堅・中小企業ですから、中堅・中小企業が戦略性を持ってシステムを活用してより高い収益を実現していくことが今の日本の大きな課題だと思います。
業績がある程度上がっているという状況ですと業務プロセスやビジネスモデルを大きく変えるというのはなかなか勇気がでないということはあるかもしれませんが、先ほど申し上げたような「10%外向きに仕事をする」という観点で具体的にアイデアを出せば、各社での付加価値の向上、生産性の向上のための具体的な方策が見えてくるのではないかと思っています。
演繹的に会社の新しい姿を描いて、それを形にするというのは理想的ではあるけれども、一から会社の姿を描き直すというのは確かに大変な作業です。会社がすでに危機的な状況であれば思い切ったことにも踏み込める、あるいは踏み込まざるを得ないかもしれまんが、多くの今は何とかなっているという場合には、内向きの仕事で無駄な仕事はないか、自社の得意な技術で別のビジネスができないか、アイデアを積み上げるという方が現実的に早く行動できるかもしれませんね。
CIOという役割がどの会社においても大変重要になっていると考えていますが、今日は情報ビジネスをずっと最前線で牽引して来られた島田さんにいろいろお話を伺えてその重要性を改めて認識しました。今日は貴重なディスカッションのお時間を頂き誠にありがとうございました。
ぜひ「成長戦略の伝道師」のようなつもりで、特に中堅・中小企業の力になるように前さんに頑張っていただくことを期待しています。また、前さんは特にこれから全ての企業とって、益々重要になる「ICTのセキュリティ」分野の知識・経験も豊富な方であり、企業にとってかけがえのないコンサルタントとして、大いに御活躍下さい。
ありがとうございます。ご期待に応えられるよう頑張ります。本日はありがとうございました。
プロフィール
島田 精一さん
1937年生まれ。東京都出身。1961年東京大学法学部卒業後、三井物産入社。ナポリ大学留学、イタリア三井物産駐在、メキシコ三井物産副社長、ハーバード大学経営大学院(AMP)留学を経て、1992年三井物産本社取締役情報産業本部長、1996年経営企画担当専務、2000年代表取締役副社長CIO(最高情報責任者)。2001年日本ユニシス社長(現BPROGY)に就任。1996年〜2000年経団連情報化部会長。住宅金融公庫総裁、住宅金融支援機構理事長などを歴任。現在、津田塾大学理事長。2007年イタリア政府より「グランデ・ウッフィチャーレ勲章」を受章。
前 一樹
1968年生まれ。石川県出身。1995年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了・博士(工学)取得。ベルギー・ルーベンカトリック大学研究員、北陸先端科学技術大学院大学助手、ITベンチャー企業取締役、CTOなどを経て、2015年よりジャパンマネジメントシステムズ株式会社代表取締役社長(現職)。一般社団法人人工知能ビジネス創出協会理事なども務める。情報処理安全確保支援士(登録情報セキュリティスペシャリスト)(登録番号第002063号)、ITストラテジスト。